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059 実行委員

last update Last Updated: 2025-07-12 17:00:03

「あ……あおいちゃん……」

「直希さん、動かないでくださいです」

 息がかかるほどの距離で、あおいが頬を染めて小さく笑う。

「いやその、動かないでと言われても……あおいちゃん? どうしてそんなに近付くのかな」

「ふふっ、直希さん、緊張してますです。かわいいです……大丈夫、怖くありませんよ」

「あ……その……」

「全部私にまかせてくださいです。私はずっと直希さんのこと、大好きだったですから」

 あおいが体を密着させる。甘い香りが鼻孔をくすぐり、やわらかく温かい感触が直希を包み込む。

「あお……」

「直希さん……好きです……」

 あおいが目をつむり、唇を重ねた。

 * * *

「うわあああっ!」

 声と同時に起き上がり、慌てて辺りを見回す。

「……」

 窓の外はまだ暗かった。

「ゆ、夢か……よかった……いや、まいった……」

 額の汗を拭い、大きく深呼吸する。

「なんて夢を見てるんだ、俺は……」

 そうつぶやき、直希が頭を掻きむしった。

 * * *

「おはようございます」

「おはようございます!」

 食堂に集合した直希、あおい、つぐみ、そして菜乃花。

 あおい荘の朝。朝食前に行うミーティング。

 この日の予定を伝え、各スタッフの仕事の割り振りを確認。朝のバイタル、入居者の状態を皆で共有する。

「と言う訳で、今日は東海林先生の往診が13時から

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  • あおい荘にようこそ   060 じいちゃんばあちゃん

    「あれ? ばあちゃんは?」 あおいたちが朝食を運んでいる時に、直希が栄太郎に声をかけた。「もう来るだろうよ。何でか知らんが、朝からご機嫌斜めなんだ」「また? じいちゃん、今度は何をしたんだよ」「いやいや、今回は本当に分からんのだよ。起きた時から、何でか知らんがずっとむくれてるんだ」「じいちゃん、知らない内に地雷を踏むところがあるからね。ほら、ちょっと考えてみてよ。でないとフォローも出来ないだろ」「いやいや本当、見当もつかんのだよ。私が何を言っても、『別に』の一点張りで」「ここに来てからは、そんなに喧嘩なんてしてなかったろ? と言うか、そう言えば一度もしてないんじゃないかな」「確かに……と言うことは、かれこれ半年ぐらい喧嘩してなかったのか」「奇跡だね。前の家だと、二日に一回は喧嘩してたのに」「うふふふふっ」 横で聞いていた山下が、口に手を当てて笑った。「ごめんね山下さん。ばあちゃんが来たら、ちょっとフォローしておいてくれませんか」「うふふふっ、いいわよ。でも……いいわね、喧嘩出来る相手がいるってことは」「あ、いや……これはどうも、失礼しました」「いえいえ、そういう意味じゃないですから、気にしないで下さいな。でも新藤さん、直希ちゃんの言う通りですよ。いつも優しくて穏やかな、あの文江さんが怒るなんて余程のことだと思うわ。何があったか知らないけど、ちゃんと謝ってあげないと」「ははっ、恐縮です。ですが山下さん、それを言うなら山下さんこそですよ。何と言うか、その……最近、めっきり綺麗になられた」「まあ新藤さん、お上手ですこと。うふふふふっ」「いやいや、世辞などではなく本当のことです。何やら孫たちと一緒になって、色々難しいことをされているようですが、その頃からですかな。本当、今まで以上にお綺麗になられた」「うふふふふっ、本当、やめてくださ

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    「あ……あおいちゃん……」「直希さん、動かないでくださいです」 息がかかるほどの距離で、あおいが頬を染めて小さく笑う。「いやその、動かないでと言われても……あおいちゃん? どうしてそんなに近付くのかな」「ふふっ、直希さん、緊張してますです。かわいいです……大丈夫、怖くありませんよ」「あ……その……」「全部私にまかせてくださいです。私はずっと直希さんのこと、大好きだったですから」 あおいが体を密着させる。甘い香りが鼻孔をくすぐり、やわらかく温かい感触が直希を包み込む。「あお……」「直希さん……好きです……」 あおいが目をつむり、唇を重ねた。 * * *「うわあああっ!」 声と同時に起き上がり、慌てて辺りを見回す。「……」 窓の外はまだ暗かった。「ゆ、夢か……よかった……いや、まいった……」 額の汗を拭い、大きく深呼吸する。「なんて夢を見てるんだ、俺は……」 そうつぶやき、直希が頭を掻きむしった。 * * *「おはようございます」「おはようございます!」 食堂に集合した直希、あおい、つぐみ、そして菜乃花。 あおい荘の朝。朝食前に行うミーティング。 この日の予定を伝え、各スタッフの仕事の割り振りを確認。朝のバイタル、入居者の状態を皆で共有する。「と言う訳で、今日は東海林先生の往診が13時から

  • あおい荘にようこそ   058 ともだち

     9月に入って、一週間が過ぎた。 山下は東海林医院の紹介で、街の総合病院で検査を受けていた。 結果は異状なし。一過性のものだろうとのことだった。 この結果に、ひとまず胸を撫でおろした直希だったが、その後症状を抑える為にどうするべきか、スタッフ会議で何度も話し合った。 その結果、山下が一番興味を持つ映画で試してみようとの結論になった。「山下さんって、かなりの数の映画を観てますよね」 そう直希が尋ねると、山下は「ちょっと待ってね」そう言って、箪笥から大学ノートを何冊も取り出した。 ノートを開くと、これまでに観た映画に関するデータが納められていた。 公開された年、主要スタッフ、主要キャスト。そして解説と感想がびっしりと書かれていた。「山下さん、これって」「うふふふふっ。私の一番の趣味だから。映画館に行ったのは勿論だけど、ビデオ屋さんで借りたのも、調べて書いてるのよ」「まいったな、これは……」 直希が提案しようとしていたことを、山下は既にやっていた。別のことを考えないといけないな、そう思った直希の頭に、ふとひとつの案が浮かんだ。「山下さん、パソコンは使えますか?」「パソコン……調べ物とかにはよく使ってたわ。でも専門的なことは勿論無理よ」「と言うことは、キーボードを打つことは」「それなら問題ないわよ。昔、タイプを打つ仕事をしてたから」「それだ! それだよ山下さん!」「それって、どうしたの直希ちゃん、そんなに興奮して」「山下さんはこんなにたくさんの映画を観て、その一作一作をこうしてまとめて残してる。山下さん、これをネットで公開しよう」「ネットでって……ブログとかかしら」「ブログ、分かるんですね。ますます話が早い。そうです山下さん、ブログを立ち上げましょう」「でも……私、難しい操作は分からないわよ」

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     雨風が吹き荒れる中、二人の前に現れた男の一喝に、直希とつぐみの瞳は恐怖で見開かれた。「今すぐそこから出てきなさい!」 太く重い声が響く。恐怖で震えるつぐみは、直希の服をつかんで動けなくなっていた。「だ……誰なの、おじさんは」「いいから出てきなさい! 出てこないと、そっちに行って引きずり出すぞ!」「ひいいいっ!」 つぐみが悲鳴をあげる。怯えるつぐみを見て、直希は自分が守らないと、そう思った。 しかし、相手は誰とも分からない大人の男。直希も怖かった。「出てきなさいと言ってるんだ! 聞こえないのか!」「は……はい、出ます……」 震える足で何とか立ち上がった直希は、つぐみの手を取って立たせると、恐る恐る男の前へと進んでいった。「この……大馬鹿もんがっ!」 海の家から出た二人を、男が大声で怒鳴りつけた。 その一喝は凄まじく、直希とつぐみはその場で膝から崩れ落ちた。「今何時か分かってるのか! こんな夜に、こんな雨の中で……お父さんとお母さんが、どれだけ心配してると思ってるんだ!」「うええええええええんっ!」 雨が降りしきる中、恐怖の余りつぐみが声を上げて泣き出した。生暖かい、雨ではない物が太腿を濡らす。「つ……」 つぐみをかばおうと、直希が男の前に立ちはだかろうとした。しかし立てなかった。 直希は腰が抜けていた。 それでも直希はつぐみを守ろうと、男を見据えて声を上げた。「つぐみちゃんをいじめないで! つぐみちゃんを泣かさないで!」「馬鹿もんっ!」 再び男が怒鳴りつけた。その声に、つぐみが更に声を上げて泣いた。 直希は震える膝を手で押さえ、男の前に立ちはだかり、両手を広げて再び叫んだ。「つぐみちゃんをいじめ

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